年賀状の名前と正月に送る由来!お年玉付き年賀はがきの誕生は?
年賀状が楽しみになりますね。
最近でははがきで出す人も少なくなり、
メールなどで済ませる方も多いです。
それ故に、実際に手書きのはがきを
頂くと、温かみや嬉しさも感じます。
ところで、年賀状の由来やその意味
について考えたことはありますか?
毎年当たり前のように出しているため、
考えたこともないかもしれませんね。
そこで今回は、年賀状の名前の由来や
正月に送る理由、お年玉付き年賀はがき
の誕生などについてご紹介します!
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目次
年賀状の名前の由来は?
年賀状という 名前の由来を明確に記す
書物はほとんどないようです。
では、なぜそう呼ばれるようになった
のでしょうか。
漢字を少し分解すると見えて来るよう
に思えます。
「年」は 新年のことを指しています。
「賀」には、 送る相手(先方)に起こる
良い出来事を喜び祝う、祝福する、喜び
たたえる、寿(ことほ)ぐ、といった意味
があります。
「年賀」という言葉は、相手が新年を
迎えられたことを祝福するという意味
を持っています。
もともと「御年賀」といって、
「その挨拶回りで渡す品」
などを指すこともありますね。
それが徐々に 簡略化され、書状化した
ものが、年賀状の名前の由来のようです。
では、これらの風習が始まったのは
いつ頃からなのでしょうか…。
お正月に年賀状を送る由来は?
お正月に年賀状を送るようになった由来
をたどると、かなり 昔までさかのぼる
必要があります。
もともとは、奈良時代から存在していた
ともいわれ、平安時代から年始の祝いを
文で行う習慣があったといわれています。
江戸時代になると武家や商人にも広まり、
お正月の一文化として、どんどん大衆化
していきました。
ただし、この時代までは直接年始の挨拶
に出向くことが一般的で、明治以降も
その風習が主流とされていました。
明治6年12月1日、 郵便はがきが発行され
て以降、新年の始まりを祝う年賀状という
習慣が日本文化に浸透して行きました。
明治10年代になると、その需要が高まり、
印刷や名刺入りの年賀状も普及し始めた
とされています。
明治後期になると、前年に出したものが
正月の 元旦に届くシステムも確立された
ようです。
つまり、それまではお正月を迎えてから
新年の挨拶をしたためていたことになり
ます。
大正時代には、本格的な年賀郵便特別取扱
を実施し始め、さらに普及することになり
ます。
昭和に入っても、日本文化に根付いていた
年賀状ですが、戦後の混乱が残る15年末に
年賀特別取扱が中止となってしまいました。
第2次世界大戦終了後は混乱の時代を迎え
ますが、 お年玉付き年賀はがきの誕生で、
現在まで拡大していったようです。
元々は「御年賀」という、年始の挨拶に
直接出向くことが風習となっていました。
もちろん遠くに住んでいる方へは行き届か
ないこともあり、書状にしたためて送ると
いうシステムが確立されていきました。
では、戦後の年賀状普及の大きなきっかけ
となった、お年玉付き年賀はがきはいつ頃
誕生したのでしょうか…。
年賀状の書き出し文(賀詞)にもマナーが!
お年玉付き年賀はがきが発売されたのはいつから?
お年玉付き年賀はがきが発売されたのは
昭和24年のことで、それが大好評となり
大きく普及することになります。
実は、戦後の混乱で中止となっていた年賀
特別取扱が再開されたのは昭和23年のこと
で、同じく中止されていた 年賀切手の発行
も再開されました。
当初は寄付金付きのはがきにくじが付いて
いるというスタイルをとっていたのだとか…。
いわば、お年玉付き年賀はがきの 大ヒットが
あったからこそ、ここまで年賀状が一般的に
広まるようになりました。
ちなみに、最初のころの賞品は・・・
1等:純毛洋服地
2等:学童用グラブ
だったそうです。
2016年の賞品は・・
2等:ふるさと小包
3等:お年玉切手シート
となっています。
当選の割合は・・・
2等:1万本に1本
3等:100本に1本
となっています。
切手シートしか当たったことがないという
方も、次こそはいいのが当たるかもです。
いかがでしたか?
年賀状の由来は、直接出向く 挨拶回りと
され、自転車さえなかった昔は、かなり
大変なことでした。
今ではインターネットの普及で減少傾向
にありますが、日本独自の文化を大事に
したい気持ちもありますね。
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